第二章 エピソード1

Circle|店づくりの記録

前回の記事はこちらから。

残された時間を片付ける。

本来であれば、不用品の撤去は業者にお願いする予定だった。

見積もりを取ったところ、税込77万円。

決して不当な金額ではないと思う。

むしろ物量を考えれば妥当な金額なのだろう。

しかし、これから工事や設備投資が続くことを考えると、少しでも手元に資金を残しておきたかった。

そこで私たちは、自分たちで片付けることを選んだ。

今思えば、それは単なる節約ではなく、この建物と向き合うための時間だったのかもしれない。


—最初に建物の中を見た時の印象は、

「まぁ長く住んでいたらこんなものかな」

というものだった。

ただ、一部屋ずつ片付けを進めていくうちに、その考えは少しずつ変わっていった。

思っていた以上に物が多かったのである。

特に大変だったのは、お子さんたちが使っていた部屋だった。

自立してから長い時間が経っていたこともあり、部屋の中は埃との戦いだった。

窓を開け、掃除機をかけ、拭き掃除を繰り返す。

地味な作業の連続だったが、その中で少し面白い発見もあった。


—部屋には漫画本やカードゲーム、おもちゃなどが残されていた。

それが今、うちの子どもたちに見事に刺さっている。

特に息子は大喜びだ。

片付けをしているはずなのに、気が付けば遊び始めている。

おかげで思ったように作業が進まないこともあった。

しかし、それも悪くない時間だった。

この家で育った子どもたちが遊んでいたものを、今度はうちの子どもたちが遊んでいる。

そんな光景を見ていると、不思議な縁のようなものを感じる。


—残置物の中にはピアノもあった。

大きくて邪魔になるので売りに出そうかと思ったが

幼い頃にピアノを習っていた次女が売らないでほしいとの事。

使ってくれるならピアノも喜ぶだろう。

と言うことで残すことにした。

他にも様々な資料が出てきたのだが、

その中で驚いたのは、どうやら馬主をされていたらしい痕跡が見つかったことだった。

詳しいことは分からない。

けれど、片付けをしていると、その家でどんな人生が営まれていたのかが少しだけ見えてくる。

建物を引き継ぐということは、壁や床だけを引き継ぐことではない。

そこに積み重ねられた時間の痕跡とも向き合うことなのだと思う。


—服もたくさん残されていた。

正直なところ、心を無にして処分していけばもっと早く終わったと思う。

けれど私たちは、できるだけリユースショップへ持ち込むことにした。

値段が付くかどうかはあまり重要ではない。

もしかすると元の持ち主にとって大切なものだったかもしれないし、

自分自身の気持ちとしても、その方がなんとなく救われる気がしたし、納得できる気がした。

やはり使えるものを捨てるという行為は心が痛む。

もちろん効率だけを考えれば遠回りだったのだろう。

それでも、そうしたかった。


—一番苦労したのは大型のタンスだった。

解体し、木材を運び出し、処分する。

言葉にすると簡単だが、なかなか骨の折れる作業だった。

料理人の僕は大根より重いものを持ったことがない(ウソつけ!)

畳も何度も洗剤を使って拭き上げた。

フローリングもちまちまとスポンジで磨いた。

気が付けば掃除というより、もはや修行のような時間になっていた。


—そんな中で、一番扱いに困ったのは遺影だった。

思い出の品とはまた違う重みがある。

直接関わりがある方ではない。

いわば知らん人の写真。

でも正直、どうしたものかとしばらく悩んだ。

片付けという作業の中で、一番手が止まった瞬間だったかもしれない。


—妻はというと、

「早くバルサン焚きたい」

そればかり言っていた気がする(もちろん作業はしてくれていたが)。

気持ちはよく分かる。

私も虫は苦手なのだ。

ただ、時期的なものもあってか、バルサンが売っていない。

売り切れ続出。

そして、まずは部屋を片付けなければ始まらない。

そんなやり取りをしながら、一部屋ずつ整理を進めていった。


—そして何度もクリーンセンター(ごみ処理場)へ通った。

ある時、職員の方からこんなことを言われた。

「量が多すぎますけど、本当に家庭ごみですか?」

どうやら事業者が家庭ごみとして持ち込むケースもあるらしい。

もちろん、こちらは何もやましいことはない。

実際に住居部分から出てきたものばかりだ。

それでも一度そう言われると、なんだか妙に持ち込みづらくなってしまう。

少し苦笑いしながら帰ったのを覚えている。


—まだ完璧に片付いたわけではない。

それでも少しずつ、自分たちの荷物を運び込める状態になってきた。

Circleの開業準備と並行して、この場所は家族が暮らす家にもなっていく。

そう考えると、この片付けもまた店づくりの一部なのだと思う。

ただ、そんな矢先に思いもよらない出来事が起きる。

それも私が青森へ帰省している間のことだった。

その話はまた次回。

第二章 エピソード2へ続く。

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